先生、お大事に。

もりのトンネル

先日、市役所で自立支援医療制度の通院先変更届けをした。今までお世話になった病院から新しいクリニックと薬局へ。今日はそのクリニックでの初診の日。
クリニックは夜間診療もしているので、会社を定時に終えてから向かった。雨が降っていた。
主治医に会うのは1ヶ月ぶり。
クリニックは大きなビルの並ぶ都心の小さな雑居ビルの中にあった。ちょっと狭いエレベーターを降りると自動ドアがあり、中に入るともりのトンネルと呼ばれるまっすぐな木の廊下。まだ新しい木の香りがする。外は雨で暗かったが、ここは心地よい光が満たされていた。
受付も木が使ってあり、温かみが感じられる。初診なので15分前に到着。予約している事を告げて待合室でのんびり。待合室にはクラシックが流れ、開院のお祝いと思われる胡蝶蘭があちこちに飾られていた。
この1ヶ月、はらはらと忙しく、いつも夜には疲れて何も出来ず、メモも作れなかったが、待ち時間に手帳に書き留めることができた。ちょっと受付の方が慣れていないようで話し声が気になったが、それ以外は居心地が良い空間だと思った。
時間になり、待合室の掲示板に私の番号が出て、受付の方が診察室に案内してくれた。
木の扉を開けると、懐かしい主治医が私服のままこちらに向かって微笑んでいた。このクリニックでは白衣を着ない方針なのだな、と思った。私服の主治医を見るのは久しぶりだ。
「こんにちは〜」と私は元気良く診察室に入ったが、主治医のほうは、なんとなく気だるそうな感じがした。声を聞いて具合が悪いのだと分かった。
「すみませんね。きょうはこんな声なので…」主治医は搾り出すようにかすれた声でのどを押さえるような仕草をした。風邪だろうか、声を使うお仕事なのに大変そうだな、と思った。
デスクの上にはパソコンしかなく、電子カルテのようだった。先生、パソコン苦手なのに大丈夫かな…と思いつつ、私の以前の病院の処方がプリントされた紙1枚が出されているのを見つめた。
「さて、この1ヶ月はどうでしたか?」いつものように診察がはじまった。
私は、睡眠障害傾向と体重増加に絞って話をした。本当は職場での複雑な心境など細かなことを解決したかったが、とにかく体重増加が止まらない事や、早朝覚醒、それに伴う昼間の眠気をなんとかするのが先だと思ったからだ。
体重増加については、先月いろんな医師から服用している薬の影響だと指摘されている事を話した。「副作用を主治医の先生に聞いていないのか」と言われたこと。でも、薬はもう何年も変わらず服用しているもので、この1年に限って急に太るのは変だと思っていること。
主治医は、もし体重増加に関連する薬としたら、抗うつ剤しかないが、なぜ、この1年で急激に増えたのか考えてくれた。その中で、水を大量に飲むこと、寝室で寝ないでリビングの床で寝る生活がまだ続いている事を話したら、驚いていた。
「なんとか寝室まで行くことはできませんか?」と言われたが、強迫観念が働いて、起きられないのが怖くて寝室では寝られない話をした。
水を大量に飲み始めたのは、手の麻痺が出てしまった時に、薬の副作用と思って水を飲めば治ると思い込んだことが発端だった。その後も気持ちが落ち着くのでどうしてもお茶や水を大量に飲まないと気がすまないようになってしまった。水を飲む量を減らせれば、それだけでも体重は減少するかもしれないと思うと話した。
眠気はしっかりと睡眠が取れていないために起こるので、休みの前の日くらいはゆっくり寝室で布団で寝て欲しい、と主治医に言われた。
薬については、水を飲む行動を抑えるために、もう少し抗うつ剤を増やす事もできるが、副作用で眠気が増すので難しく、睡眠を深くするのに睡眠薬を追加するのも、起きられない恐怖感を増すことにつながり、難しい。結局現状維持ということになった。
診察は10分程度と話には聞いていたのだが、ゆっくり20分はお話することができた。一応ここでは初診だからかもしれないけれど、予約料を納めておけば時間をとってゆっくりお話も出来るのだそうだ。診察室も落ち着いた雰囲気で十分な広さがあり、横にあったカウチも寝心地が良さそうだった。
次の予約を1ヵ月後の同じ時間に入れてもらった。これで会社を休まずにクリニックに通えるようになった。以前の病院にも少し心残りしていたが、これで良かったのだと思った。
診察が終わって、退室する時に、「先生、お大事に」と声をかけて出た。なんだか立場が逆な気がして可笑しかったけれど、本当に先生、苦しそうだったので、早く良くなるといいと思った。