長生きすること

母は絵の話や昔の事は良く話すが、最近のことになると見当違いなことを言う。疲れて眠る時間も多くなった。急激に母は老化しているように感じる。
それでも母は私の体を気遣ってくれた。嬉しさと同時にいつまでこんな関係でいられるだろうかと不安がよぎる。
昼食は母がリクエストしたイカ墨のスパゲティは出来なかったけれどカルボナーラを作った。母が好きだった洋風の食事は父は作れないからまた今度帰った時も母の好みの食事を作ってやりたいと思った。たまには外食に連れて行ってやりたいとも思った。
帰るとき、母は「今日はありがとう」と言った。
もっと母をケアしたいのに上手く出来ない…経済的にも苦しい…早く自分を立て直して安定した気持ちで母に接することが出来るようになりたいと思って切なかった。
近くの駅まで父の車で送ってもらっている時、父はこれからの人生計画を話していた。仕事がいつまで出来るか。貯蓄はどうするか。まだ残っている借金の返済、そして母の介護のこと…。
自分がこんなに長生きするとは思ってなかったと父は言った。
父は、私の記憶の中にある父は、自分の思うように生きて家族を振り回してきたひとだった。人生の最後にその家族を看なければならなくなったのは皮肉な結果だと、私は少々冷めた気持ちが湧きあがる。
けれどいま母の介護のキーマンは父であることに変わりはなく、この構図が崩れたら私たち家族の生活も激変するだろう。いつまでも元気でいてほしい。そして仕事も上手く問題が解決して欲しい。それは家族全体の願いだ。
父は介護疲れから寝たきりの妻を殺した老人の話をして、その気持ちが分かると言った。父も母の介護に疲れているんだと思った。
「体に気をつけてね。お金も事もありがとうね」
私は父の話を丁寧に聴いてお礼を言った。
「気にするな。じゃあまたな」
父は元気よく私を励まして別れた。
いつまでも親は元気ではない。いつかそのときが来るのだ。心の準備をするためにも私は自立しなくてはならない。そんな気持ちで父の車を見送った。