孤独な入院生活

以前仕事でお世話になり、母の病気の際に医師を紹介して下さった方が事故に遭い入院されているのでお見舞いに行った。
事故現場は車が入れずヘリコプターで病院まで搬送されたそうだ。もう少し発見が遅かったら命にかかわるところだったと聞いていた。
すぐ転院という話を奥様から伺っていたのでお花はやめて少ないけれどお見舞金を包んで途中の駅ビルで小さなお菓子を買い持っていくことにした。
広々とした敷地に建つ病院は新しく明るくきれいで設備も充実した高層の建物だった。最上階にはレストランやカフェもあり院内の医療スタッフもすれ違うとき会釈していく。感じの良い病院だと思った。
その8階の病室を尋ねるとベッドごと不在だった。ナースステーションに問い合わせると検査中だと思うのでしばらくすれば戻って来るとの返事。仕方なく患者の食堂になるディルームのソファで待つことにした。病院の隣は公園なのか見下ろすと芝生の広場が一面に広がり遠くには山影も見えた。良い環境だなと思ったが何かひとの暖かさが感じられない清潔さが気になった。私はペットボトルのお茶を飲みながら時々病室を覗いてその方の帰りを待った。
30分ほど待ち病室を覗くとカーテンが閉じられ検査から戻られたようだった。
4人部屋の窓際のそのベッドをカーテン越しに覗いた。
「先生…お疲れのところすみません。お見舞いに参りました」
仰向けに体の自由がきかない姿勢でその方はしっかりしたいつもの早口で「誰ですか?」と少し慌てた様子を見せた。
「先生、○○です。会社に電話したら入院されていると聞いて驚きました…」
「あ、○○さん、さては△△さんから聞いたんですね。こんなことになっちゃいましてね。すいませんねわざわざ…」
伸ばした右手はまだ血がこびり付き無数の傷が痛々しく事故の大きさを物語っているようだった。
現役の医療のジャーナリストである方が入院を経験されてかえって気を使うことが多いのではないかと思った。
病院のスタッフの有能さや看護師の献身的な対応を評価してご自身の怪我の痛みや入院生活の辛さを語ろうとしない。
しばらく昔の仕事の思い出話をして、持ってきたお菓子を食べていただくのにコーヒーを入れに給湯室へ行き戻って来ると少し表情が寂しそうに見えた。
「ここの朝食はごはんなんですよ。私はいつもコーヒーとパンだから…コーヒーは久しぶりだなあ…」
「入院生活は退屈ですよ。本を読もうと思ってもこの状態ですから、結局誰も居ないと自分との対峙になるんですよ…」
「昼に暇で寝てしまうので夜眠れなくて困るんです…」
口調は元気に装っていても入院生活の孤独さが言葉の端々から滲み出ているのが感じられて悲しくなった。
母も長い入院生活をこんな気持ちで過ごしたのだろうかと思った。
転院先はリハビリテーションで有名な病院。お金があれば母を入院させたかった所だけれど、患者にとっては長い入院はどんなにホスピタリティが良くても辛いものなのだ。
早く家に帰りたい。元の生活に戻りたい。。。その気持ちが溢れていた。
少しだけれどと断ってお見舞いをお渡しした。こんな時いちばん助かるのはお金だと思う。気持ちよく受け取って下さった。
コーヒーを飲みながらお菓子を食べて何度か退室の機会をはかろうとしたが引き止めるように長話になり、日は傾き外も暗くなってきた。
看護師さんが体の清拭に来たので、「これで失礼します」と言うとその方は悲しそうな目をして私を引き止めようとされる。
私もその方の寂しさやこれからの不安を受け止めて差し上げたかったけれど、もう日が暮れて私の精神状態が悪くなってきつつあったのでここに居たい気持ちを振り切って失礼した。
本当はもっと傍にいて楽しいお話が出来たら、せめて夕食までの時間孤独には陥らないのだろうと思って自分を責めた。
これから長い夜が来る。ひとりベッドの上で考えることは辛いことばかりだろう。
転院されたらまたお見舞いに行こうと思った。