月に願いを

中秋の名月。夕食の買い物を済ませて帰り道空を見上げると満月が淡い光を放って、きれいだった。
空に帰っていった友人たち、義父母や祖父母のことを想った。そして祈った。「どうぞ見守ってください。救ってください」と。
しばらく月を見ていたら穏やかな気分になった。私は夕方の薬を夫との食事が済むまで飲む時間を延ばしてみようと思った。
不安は襲ってくる。でも診察のとき主治医は私の目を見てこう言った。「不安が来たら慌てて行動を起こさないで、不安が治まるのを待つことです。時間が解決することもあるし、不安が去れば問題ではなかったということもあるのですから…」
私は不安を自分の意思で抑えようと試みた。慌てない。焦らない。悲観しない…。そうやってゆっくり右手をかばいつつ食事作りの準備を始めた。夫が帰ってきたときに笑顔で迎えられるように。いつも薬でだるくて横になっていることが多かった夕食作りが、本当にゆっくりだが苦しい気持ちが無く出来た。不思議だった。薬は体に残っているけれど、それでも今までは夕食前に飲まないと不安だった。それをぐっと自分の力で抑えてみる。そうすると段々気持ちは穏やかになってきたのだ。薬は私に必要だと思う。でも自分の力で治ろうとしなければ意味が無い。少しずつでも薬を減らしたいと右手を見ながら思った。
夫が帰ってきたとき、「おかえりなさい。月がきれいだったね」と言った。
夕食は夫がお風呂から上がった時にやっと出来上がって、二人でゆっくり食事をした。眠くならないようにビールは控えめにして。箸を使うとき夫は「大丈夫か?」と気遣ってくれた。今日はそれだけで嬉しかった。洗物は夫がしてくれた。いつも機嫌の良いときは洗物は夫がしてくれる。本当に感謝した。言葉にしたらいいのだと思う。「ありがとう」と。それだけで雰囲気は変わるのだろう。
右手の麻痺は徐々に回復してきている。だから誰も恨まない。きっと元に戻ると信じて月に祈ったから。
食後飲んだ薬は急速に効き、着替えたところで寝室に横になりそのまま眠りについてしまった。自然な眠りだった。