これが私?

暑い一日だった。昨日はソファでうとうとしたが良く眠れなかった。母も暑くて眠れないのか一晩に3回位トイレに行った。その度に私は起き上がって段差に躓かないよう見守ったが母は「大丈夫っ」と少し不機嫌そうにする。
朝、仕事に行く父に珈琲を入れる。介護の日の唯一ほっと出来るひととき。
庭の木に山鳩が作った巣は空になっていた。昨日から居なくなったそうだ。卵を抱いていたから猫にやられたのかもしれない。近くの木蓮の木から鳩の鳴く声が寂しそうに聞こえた。
それから…母が起きてきて朝食の準備、洗顔、身支度、食事の介助、服薬、歯磨き…一息ついて自分の薬を飲み朝食を詰め込む。洗濯機を回している間に窓から空を見る。雨、降るかな…?母は鏡を見ながら化粧を始めた。母の顔…随分表情が無くなってしまった。化粧も変わって別人のような気がする。こんなにアイラインを入れるひとではなかったのに。なんだか似合わない。でも本人はそれでいいと思っているのだ。母の表情は爬虫類のように感じる。生きているけれど気持ちが通わないような不安を感じさせる。
午前中、公園に母を連れていかなくちゃ。そう思いながらソファで気が遠くなった。いけない、母をリハビリさせなくちゃ、雨続きで歩いていないのだから。それなのに身体がぐったりと疲れて動かない。結局、気がついたらもう昼食を準備しなくてはならない時間になっていた。自己嫌悪する。母は準備してずっと座ったまま待っていたのに…。
外気温は30度を超えてきた。窓を閉め冷房を入れる。母はいつの間にか着替えていた。暑かったのだろう。不自由な身体で汗を拭くことも困難なのだ。
昼食を食べさせた後、公園に行くか、シャワー浴をするかどちらかしかできない。母は天気が変わって雨に降られると嫌だからシャワーがいいと言うので、午後少し休ませた後、シャワー浴の介助をした。
実家の風呂はまだ手すりがないから介助は神経を使う。転倒しないように緊張して介助し、身体を清潔に洗わなくてはいけない。私は汗だくになって動き回る。それを時々笑いながら細かいことを指図する母に対して否定的感情が幾度となく沸き上がり辛い気持ちになった。
電話で話す時に感じる思慕は、実際に介助することでかき消され複雑な怒りに変わり、それを必死に抑える自分に疲れてしまう。このくろい塊をどこかに吐き出してしまえたらいいのに。
シャワーを浴びた後の母は脱いだ服を私に渡して明日までに洗って乾かして欲しいと言う。もう現実を検討する力が無くなってしまったのだろうか。これから自宅に帰る娘に当たり前のようにそんなことを言うのだから。。。
帰ってきた父は、最近いつもそんな感じで頭にくることが多いと言った。
私は荷物をまとめて着替え、自宅に帰る準備をし父の車で近くの駅まで送ってもらった。
「だんだん…おかしくなっていくんだろうか」
父は呟くように私に言った。
「そうだね…」
私も何ともいえな息苦しい気分のまま答えた。
駅に着くとどっと疲れが出て身体が重く感じ、構内のカフェで少し休んだ。カウンター横に鏡があって私が映っていた。化粧が剥がれ顔色が悪く髪はやつれたように乱れていた。はあ…これが、私?鏡で最小限乱れを直しながら夕方の薬を飲んだ。