夫の悲しみ

紫陽花

精神障害者(私)と一緒に暮らさなくてはならない家族は、常にストレスに晒されているのだと思う。だから…夫は自分を守るために私が辛いと思う行動や言動をするのだと理解しなくてはいけないのだと自分を責めれば責めるほど苦しく、虚しい気分に落ち込んでしまう。
お互いを思えば思うほど苦しみが深くなっていく…。
夫が毎日家に居て仕事もしないで何か私に隠して始めようとしている…私が反対するから、私が心配してそれで症状が悪化するから。けれど家にぼんやりと毎日篭っている夫を見ると不安が増幅し昨日のように自分の仕事さえ先のことが分からなくなってくるとパニックになってしまう。
今朝、夫は私が仕事が無いから「一緒に新宿に行こうか」と外出に誘った。私は街で無為に時間を消費するのが怖くて「行きたくない。お金を使いたくない。仕事を探したい」と言って拒否した。
二人の間の溝は更に深まっていく…。
私の心の中で何かが破裂した気がした。身体ががたがたと震え感情がこみ上げて来るのが夫にも分かったようだった。
「いらいらしてきたの?」
「うん、仕事を…無くなるかもしれない…」
私は泣き出していた。急激に制御できないレベルに達した。慌てて薬を取り出して飲む。
夫は悲しそうに肩を落とし着替え始めた。
「何処へ行くの?新宿?」
「その辺に行ってくる。居るといらいらするんだろう」
そそくさと準備をすると家を出て行こうとする。
「電話は?電話は持っていかないの?」
「…いらない。じゃ」
夫は手を振って力なく小雨の降る中を何処へ行くとも告げず、携帯も持たず出て行った…。
「うわぁあああああ…」
私は狂ったように声を上げて泣いた。自分をどうする事もできない。夫を悲しませ迷惑をかけている。毎日働けない、毎日働かなくては、働くにはこの心を鎮めなくてはどうにもならない…。
怒りと悲しみがないまぜになって涙となって噴出する。酷い吐き気が何度も続く。
誰かに助けを求めたかった。外来の時間は過ぎていた。主治医のことを想った。
夫は仕事を辞めてからバイト先でうつ病躁うつ病の妻を持つ友人や知人の話を聞くようになって、私の病気に関心を示すようになっていた。仕事のある日には疲れるからと食事を作ってくれたり手伝ってくれるようにもなった。昨日は私の洗濯物まで洗って干してあった。夫なりに私を理解しようとしている矢先に私は自分を抑える事が出来なかった。
夫は今どこに居るのだろうか。ひとり街を彷徨っているのだろうか。
帰ってきたら私は夫に謝ろう。病気のせいであっても夫を傷つけた。私が悪いのだ。
私さえ働ければまた昔のように楽しく暮らせる。私さえ働ければ…