「悲しみの絆」のさきに

悲しみの絆への返信です。
明日、母の今後の治療方針について主治医から説明がある。そして認知症の進行についても…
退院か、入院継続か、どちらにしても家族全員の生活や心の持ちように大きな影響があるだろう。
私の家族の絆は、様々な悲しい歴史を経て既に壊れてしまっている。
今から歩み寄り関係を修復する時間は残されていない。
だから、お互いが分かりあえない関係であることを噛み締めて、それぞれが自分の位置に自律するしかない。
そこには暖かい協力関係はないけれど、それぞれ異なる想いのもとで母を支えるという「悲しみの絆」は生まれる。
それが今出来る最善の策なのかもしれない。
ここに来るまで、家族に対して苦しみ悩み怒り悲しんできた。
表面的に取り繕うことでなんとかなると淡い希望も抱いていた。
明日、明らかにされる現実は、私にあらゆる急激な変化を迫るだろう。
私はそれを「悲しみの絆」で受け止めよう。
明らかに現実を見てそれを認めよう。
そして出来るところから少しずつ受け容れていこう。
「悲しみの絆」のさきに何が待っているのだろう。
もしかしたら、本来の家族の在るべき姿が見えてくるかもしれない。