どこにも行かないから

リビングでうたた寝して気がついたら午前5時。急いで入浴してまた軽く転倒する。熱いシャワーで血圧を上げ意識をとりもどし、夫を起こさないように布団にもぐりこむと「どこか行くの?」と夫の声。「ううん、今日はどこにも行かないよ」と返事をすると夫は安心したように再び眠りにつく。
今日は夫は休日出勤。母の病院に行きたい気持ちが募るけれど、妹が行ってくれるから我慢する。また夫の機嫌を損ねたらいけない。私の落ち込みが酷くなる。
リタリンを飲む。気分は人工的に引き上げられ、辛くても泣くことはない。けれど昼過ぎになっても妹の携帯が繋がらず、母の様子が分からないと不安になって涙が出た。今日は祝日で良い天気で、リハビリも無く退屈な一日を過ごしているのだろうか。でも、夫の寂しさも理解してやらなければいけない。今日は家に居ると決めたのだ。
夕方、妹から電話があった。忘年会で潰れて体調を崩し、母の病院へは行けなかったと。私は一瞬絶句した。母は待っていただろう。今日は病院の美容室でカラーリングをしてもらうのを楽しみにしていたのに…。家族が訪ねてこない休日。どんなに寂しかっただろう。
妹は自分の時間を確保できなくなって辛くなってきたと言った。付き合っている彼との時間も削っているのだろう。私がもっと早く気づいていれば。妹からの着信が電話に残っていたのに。気づいたときには妹は眠りについていたのだった。
自分の情けなさに呆れ果てながら、夕食の買い物に出かけたら、夫から電話が入った。偶然、駅前のスーパーの同じ階に来ていた。そこで合流して一緒に買い物をした。メニューはスキヤキ。滅多に食べない牛肉を買う。夫は機嫌を直していた。私が家に居て、少しばかり部屋がきれいになっていて、お風呂に入った後に夕食が出来ている…いつからだろう、そんな習慣が出来てしまったのは。共働きで対等な関係だった頃、どちらか手の空いてる方が気がついたとき家事を片付けてた。食事の時間も入浴も不規則でもそれなりに楽しく暮らしていた。私が病気になって、弱い立場になった途端、夫のペースでこの家庭の時間が流れていくようになってしまった。病気になったことを恨むことはしたくないけれど、病気でも強くありたい。夫の機嫌に一喜一憂する自分をゴミ箱に捨ててしまいたい。