カルテの厚み

マーガレット

今日は、会社を休んで消化器内科と心療内科の2科受診でした。そして、心療内科の主治医のこの病院での診察最後の日です。
先に予約してあった消化器内科を受診しました。昨日から下血が始まっている事を話したら、久しぶりにリンデロン座薬が処方されました。珍しく腹痛もあることもあり、炎症反応を見るため血液検査の指示がありました。
下血の理由は分かっていたので、この後主治医に会ってお話すれば軽快するだろうとは思いましたが…。
消化器内科の担当医は、先日の腎臓内科のカルテの記載を見て、少し驚いていました。検査結果を見て、「なんともなかったのね。でも炎症が少しあるか…」とぶつぶつ言っていました。
様子を見たいということで1ヵ月後受診になりました。
消化器内科の受診後、一応予約はとっていたのですが、心療内科の受診順を受付に聞いたところ、なんと私は最後になっていました。看護師さんが、「今日は○○先生の最後の日(予約なしの)なので普段の3倍の人が来てるんですよ。もし近くにお住まいなら一度お家へ戻ったらいかがですか?お昼も済まされても多分まだまだかかると思います」と言われてしまいました。
家に帰れないこともなかったが、ぼんやりと夫がリビングに居るのかと思うと気が進まなかったので、とりあえず、お昼を病院内の喫茶店で済ませることにしました。
思えば初診もやはり水曜日でした。今日の様に大変な混雑の中で、当時の私は心理テストが手につかないほど疲労していました。初めて主治医と出会った時は、女医さんで良かったと思いました。初診では体の不調を訴えるだけで、主治医に対してこころを開くことはまだ出来ませんでした。治療してもらえるのかすら懐疑的だったと思います。こころの病気は自分が治ろうとしなければ治癒しないことも知らずに、ただ、この苦しみを何とかして欲しいと、それだけ話したように記憶しています。
そんな昔の話を思い出しながら、他の患者さんも先生と共に過ごした日々の積み重ねに様々な想いがあるのだろうと思いました。主治医はこの市民病院に20年近く勤務してきたのだろうと思います。昔は地域連携もまだなくて、患者さんが溢れて今よりも大変だったと聞いています。先生も患者さんも最後の診察ではきっといつもとは違う感慨のようなものがあるのではないか、それで時間もかかってしまうのだろうか…などと考えて私も少し感傷的になっていました。
結局、消化器内科の診察が終わってから、4時間待ちになりました。
やっと名前が呼ばれて診察室に入った私は、大量のカルテの山から私のカルテを引っ張り出している主治医を見て、今までの感傷的な気分も吹っ飛んでしまいました。
私のカルテの厚み、そして他の患者さん達のそれぞれのカルテの厚みが、主治医と患者の長い長い心の交流の歴史を物語っているように思えました。
診察は明るい雰囲気で始まりました。
私は会社で人事異動と退職者が出て仕事が量的に多くなり、限られた時間内でこなすのに神経も体力も使い果たし、夜はぐったりと疲れて寝るだけの生活になっていることを話しました。そして、社員にしか許可されていなかった仕事も引き受けざるを得ず、緊張してストレスがかかり、下血が始まってしまい、本当にわかりやすい体質です、と話して笑いました。主治医も一緒に笑ってくれました。
もともとその仕事は荷が重いのでやりたくないと以前から話していたのです。ますます医療へ近づいていく私を、主治医は距離を置いて見守ってくれているように感じました。
さらに笑い話は続きます。腎臓内科のカルテには主治医も「はて」、という表情をして目を通していたので、「健診の先生が…」と事の発端を話し、腎臓内科の先生が怒ってしまった事も笑って話せました。主治医も笑いながら、「でも何事もなく良かったですね」と応えてくれました。
それから健診の結果が出て、不整脈が見つかったことや乳腺の石灰化が見られたことなど一通り報告して、週末には循環器の医師に結果説明を受けるという話をしました。私は循環器の不調についてそんなに自覚はなく、多分、腎臓の検査と同じように何でもないと思うと言うと、主治医は、「不整脈は服用している薬のせいもあると思うので、担当の先生にお薬の種類を話しておくといいでしょう」と助言してくれました。
診察は和やかに進み、処方箋の発行の段になって、主治医はちょっと固まってしまいました。「クリニックのパンフレットってお渡ししましたっけ?」「いただいてます。昨日予約しました」と言うと、主治医はほっとした表情になりました。今日、異動されることを伝えた患者さんもきっといたのでしょう。来月にはこの病院に先生がいないことを突然知らされた患者さんの驚きはいかばかりかと思いました。
「じゃ、それまで乗り越えて下さいね」と主治医は微笑んで、私も笑って処方箋を受け取りました。
初診の頃、こんな風に主治医と楽しい和やかな診察が出来るなんて想像も出来ませんでした。長い時間が、信頼関係を築いてきたのだと思いました。
診察室を出る時、今までの診察のやり取りの断片がわあっと浮かんで来たのですが、もう時間が押していました。一言だけ「先生、今週で最後ですね…」と言葉をかけました。主治医はカルテの山を気にしながら「金曜日までですが、バタバタしております」と楽しそうに答えました。私は「お疲れ様でした」と言って頭を下げ、診察室を後にしました。
今週、先生の担当された全ての患者さんが、感謝を込めてこう思っているはずです。
先生、本当に長い間、お疲れ様でした。そして新しいクリニックでの臨床と大学での教育や研究にますますご活躍されますようにお祈りしています。
新しいクリニックでもよろしくお願いします…。