逢えて話せる幸せ

連休前の病院は予約の調整で慌しい。連休前だからと心配して割り込みの患者さんや急患も入る。他科からのリエゾンも何故か多い気がする。
私は午後の一番目の予約。でも多分遅れるだろうとのんびり待つ体制。主治医も慌てるひとではないから、どんなに詰まっていてもきっと穏やかな空間を用意してくれる。そんな落ち着いた気分で診察を待てるのは、やはり前回予約なしで飛び込みで主治医に話を聴いて頂いたからだと思う。信頼できるひとに自分の想いを言葉にして話せたから。少し泣いたけど、主治医は私の不安を余裕を持って受け止めてくれたから。
診察室の前ではイライラしたとげとげしい時間が今まさに流れていた。別の若い医師に他科からリエゾンの患者さんが急に紹介されてくる。患者さんも突然のことで戸惑い、カルテは回って来ず、若い医師の担当患者さんの予約時間が迫っていた。リエゾンの患者さんも待たされて不安だろう。若い医師は時間のやりくりに心を奪われドアも開けずに「カルテが来ないと何も出来ません!」と患者さんに叫ぶ。それぞれの立場、気持ちが分かって気の毒になった。ただ連休前というだけで不安を感じるひとが増える。多くの患者さんを限られた時間で診なければならない医師は食事も摂れず疲れきっている。だけど非情に正確に時は刻まれていく…。
主治医が午前中の診察を終えて私の横を通りかかる。疲れた表情をしていた。「こんにちは…」と挨拶すると少し微笑んで医局へ戻っていった。午後の診察まではまだ15分はあるから、少しは休息がとれるだろうか…。
…と5分も経たずに主治医は診察室に戻ってきた。急患さんが入ってきて主訴を訴える声が大きいので聞こえてしまう…一人暮らしの年配の女性なのは分かった。主治医しか頼る人がいないと訴えている。本当にそうなのだろうな…。主治医は丁寧に慌てて話すその患者さんの話を聴いているようだった。医師にとって多くの患者の一人であっても、患者にとっては主治医は唯一の信頼できる相談相手なのだ。それを大切に丁寧に扱えるかどうかで患者の不安は緩和されたり増幅したりする。結局急患が入ったため、私の診察開始は20分遅れとなった。けれど主治医のペースを崩さない安定した対話の姿勢を垣間見た気がして、時間の遅れは気にならなかった。
「お待たせしました…」ちょっと疲れた表情で主治医が微笑み、いつものように診察が始まった。
私は前回、夫との関係が悪化して不安定になり追い詰められて幻覚が出た時、予約外で診察して頂いたことが気持ちの安定につながったと話した。「先生と会ってお話出来たことが良かったです」と話した。あの時はこの先どうなっていくのか不安で一人で生きていく決心も心もとなく、ただその時の気持ちを話していた。何年も一緒に暮らしている夫の気持ちが今になっても分からないことや衝動的な行動が不可解でコミュニケーションがとれない不安が募っていた…。
主治医はその時「夫を失うことをどう思うか」と尋ねた。私は「まだ答えが出せない。二人で過ごした歴史も友人としての親密さも断ち切り難い」と話した。そうやって言葉にしたことでだんだんと気持ちが落ち着き自分の心の絡まった糸がほぐれていくのが実感できたのだ。
そして、その場で今は夫婦として不安も抱えつつも穏やかに暮らす自分と自立して外に関心を向ける自分の2つの私を生きてみても良いかもしれないと思い始めたのだった。
だから、先生と話して言葉にしてみて安定してきたし、薬も効くようになってきたのだろうと思った。夫婦関係は現在小康状態といった感じなのだけれど、もう私もうろたえることは無いかもしれない。今のところ夫もバイトが楽しいようだし私も夫を過剰に追い詰めていたことを反省してやりたいことを尊重しているつもりだ。夫は私に対して不満もあるだろうが病気のことに関心を向け始めている。少しずつだが変化は良い方向に向かっているように思えることを主治医に報告した。
介護のこと。これはまだ長い長い時間が必要だろうと思う。母と電話で話す時、哀れさと思慕がこみ上げて支えてやりたいと思う。けれど実際に介助になると母は優しい包容力のある理想の母とは程遠く、苦労してケアしてもフィードバックはないことが多く、否定的感情が、怒りのような悲しみのような感情が湧き上がってくるのだ。介助のある週末はくたくたに疲れてしまうと話した。
主治医は宙を見ながら「(感謝とか)フィードバックは得られない事が多いですよね…」と呟くように私に言った。それで十分私の疲れは癒された。私のくすぶった気持ちを主治医が受け止めてくれたのだ。母の代わりに…。
幻覚はその後起こらないように布団で寝ることや深夜脳を使う活動をしないよう気をつけていることを話した。解離を心配していたようだったが今のところ悩むほどの幻覚は出ていない。心が安定しているからだと思う。
それから、体調のことなどや薬の副作用の話をして処方は前回を継続してみて安定しているようなら抗うつ剤から少しずつ減らしていくことも考えることになった。薬は今の私に必要だ。でもそれ以上に心の内を言葉にして話してみることで混乱は収束することを身をもって体験した。だから面接が重要でそれが上手く回っていけば薬は少なくて済むのだろう。
最後に緊急で受診することが多い私に夏休みの期間を教えてくださった先生、ありがとうございました。きっとお休みどころか研究会やセミナーで費やしてしまわれそうな気がしますがどうか楽しい夏休みをお過ごしください!