優勝カップまでの道程

「ゆっくり来て下さい」という彼女のお父さんの言葉を信じて会場に着いたときには第一試合はもう終わっていました。「本当に負けるかと思った」と言うほどちょっと危なっかしい試合だったようですが無事勝ち進んだところでした。
体育館にはコートが3つ。男子と女子同時に試合が進められますが、圧倒的に女子が多い。これには受験と部活の両立の問題があるようです。
試合はトーナメント制なので、最初は沢山の中学生でごった返していた体育館も負けた学校はすぐ帰ってしまうので段々観戦者も残った中学校の関係者だけになって寂しくなっていきます。
でも、若い中学生の熱気は凄いです。身体中からエネルギーが迸ってるよう。
コートの中の選手はこの試合に負けたら先が無いのですから真剣勝負、期待と重圧を背負ってプレーしている姿は凛々しくて大人に負けていません。
彼女の中学校は歴史的に優勝を重ねている伝統校。だからキャプテンの彼女も先輩の残した成績を落とすことが許されない立場なのです。きっと大変なストレスを抱えているのだと思います。チームをまとめて勝利に結びつける責任に押し潰されそうな気持ちでしょう。
でも彼女が私の目の前で堂々とプレーし、チームにアドバイスを送り、応援に大きな声を出しているのを観ていたらそんな心配は必要ないな、と思えたのです。中学校の3年間で彼女はしなやかに強く成長していました。皮膚の慢性病を気にしながら始めた部活の中でいろんな事を学び身体にも心にも体力を身に着けたのでしょう。彼女はつややかにハリのある美しい肌に変わっていました。思春期のこどもの成長は鮮やかで眩しい。そしてちょっと寂しい気持ちにもなりました。もう彼女には私は必要ないかもしれない…そう思ったのです。子供を育てている母親ってあるときそんな気持ちになるのかもしれませんね。。。
彼女の中学校は順調に勝ち進み、ついに決勝戦になりました。ダブルス−シングルス−ダブルスで戦います。先に2戦勝ち取った方が優勝になります。最初に彼女の出るダブルスが始まりました。バドミントンは軽くて簡単そうに見えますがシャトルは見た目より遠くに飛ばすのには体力やテクニックが要ります。試合は選手のプレーしている目前で観戦出来るので野球を見るより選手の緊張感やプレーの臨場感が伝わってきます。
彼女の試合は勝ちました。お父さんはビデオを撮っていました。次のシングルスは負けてしまいました。シングルスで出てくる選手は個性的で何かオーラを放っているような圧倒的な迫力があります。個人戦で成績の良い子が選ばれるのだそうです。中学生にして精神的には大人と変わらない強さを持っているのでしょう。最後のダブルスではシーソーゲームになりました。観客の少なくなった会場に「勝とう〜!」という掛け声が響きます。体育系の部活ではいろんな応援の掛け声があって面白いなと思いますが、この、「勝とう〜!」というのはいかにも中学生の女の子らしく可愛いなと思いました。最後に落ち着いてサーブを決めた彼女の中学校がゲームを勝ち取りました!
優勝にしては淡々とした喜び方だったけれど(素直に喜びを表現できない決まりがあるようなのです)1日に何試合も勝ち抜いてきた自信はこの子たちが大人になったとき、きっと心の支えになるだろうな。いい体験をしているなと思いました。それから2位、3位決定戦もあるのです。3位は決まってもブロック戦には出場出来ません。それでも最後の力を振り絞って再びコートに立ちます。彼女たちもいい体験をしていると思いました。私は中学時代文化系だったし家庭が不安定で精神的にも弱かったと思います。スポーツっていいなと思うと同時に、ここに出られなくて様々な感情を抱えている選手が居るのだとも思いました。まだ人生始まったばかりなのに悲喜こもごも。現実は子供たちに残酷ですらあります。
表彰式が終わって片づけが済んでから彼女と近くの明るいカフェでちょっとだけお茶しました。彼女は大きな優勝カップの入った箱を抱えてきました。代々優勝校だけが持って帰れる印。それは辛く厳しいトレーニングに対する選手たちへの労いの印でもあるのでしょう。
試合が終わった彼女は、いつものシャイで無口な中学生女子に戻っていました。「おめでとう!格好良かったよ!」と私が話しかけると恥ずかしそうに「ありがとうございます…」と小さな声で少し嬉しそうにしました。この可愛らしい少女の中にあんな大きなエネルギーが詰め込まれていると思うと不思議な感じがしました。成長の只中にいる…本当に瑞々しい新しいものごとが今この瞬間にも起こっているのですね。。。
観戦に行くとき、ちょっと気になることがあったのですが、行って良かった。純粋な若い感性に触れて、元気を分けてもらった気分になりました。
春夏連覇、優勝おめでとう。そしてことばにならない励ましをありがとう。
個人戦もブロック戦もベストを尽くして、楽しんで、中学生活最後の公式戦をいい思い出にしてくださいね…。