来てくれるだけで…

例によって実家に行こうとするがぐずぐずして荷物がまとまらない。母が待っている。行かなくてはと焦る心と家族と関わることで湧き上がる感情が交錯して私の足を止めている。持って行くものは、着替えは、必要なものは、お土産は…小さなディパックにぎゅうぎゅうに荷物を詰め込む私を見て夫は「たった1泊実家に帰るのに…」と呆れている。時間は昼を過ぎていた。夫に昼食を作れず実家に帰らなくてはならないことが申し訳なく自分を責めてしまう。
気温はどんどん上昇し室温は30度を超えていた。早く行かなくてはと焦るばかりで私は混乱して床に座り込んでしまった。昼の薬を生ぬるい水で流し込む。
「じゃ、いっぽんいっときますか」夫は冷蔵庫からビールを取り出して私に勧めた。「気が済むまで準備すれば〜」冷えたアルコールは私の心を麻痺させた。ああ、できることだけやればいいんだ。できないことはできないんだ。昼間から酒気帯びた状態でやっと腰を上げて荷物を背負った。「行って来ます〜」「気をつけて」「鳥の世話よろしく」
炎天下の駅前、「冷茶」の文字が目に入り立ち止まる。実家に電話した。母が出た。「これから行くから到着は夕方になるよ。お茶はまだあるの?新茶、持って行こうか?」「お茶はまだ少し残ってるよ…お土産なんていいよ。来てくれるだけでいいから。待ってるから…」
私は泣きたくなるのを我慢しながら電話を切り、店に入った。一番安い新茶を買った。お店の人が冷茶を出してくれた。「そのお茶でも冷茶は出来ますからね」と言い添えて。冷たい緑茶はアルコールでぼやけた頭をすっきりとさせた。私は礼を言うと新茶の袋を荷物に押し込み駅へ急いだ。「来てくれるだけでいい…」本当にそう思っているのだろうか。嬉しさと悲しさが入り混じった気持ちのまま電車は東へ、実家のある方角へ走っていた。