母の外泊

今日から2泊3日の日程で母は絵の講習会のために外泊する。妹が休暇を取り介添えする。
怪我した頭の傷は水曜日に抜糸した。主治医もリハビリになるからとOKを出した。
私は心配で昨夜電話した。退院してから初めての外泊。初めての遠出。介助は妹一人で大丈夫だろうか。ホテルの設備は整っているだろうか…。
「ありがとう。心配してくれて」と母は言った。そう言う母にキャンセルしたほうがいいのではとはとても言えなかった。この日を楽しみにリハビリを頑張ってきたんだから。
今朝、妹の携帯に電話したが繋がらず、無事着いたのか心配になった。電話が繋がったのは仕事が終わった夕方だった。
妹は思ったより大変な思いをしているらしい。「なんとかやってる。荷物が重くてさあ…休むところも無いんだよ」そう言いながら母をケアすることで生じる肯定的な感情が溢れているのを感じた。私は手伝ってやれない罪悪感を感じつつも、妹が生き生きと母のケアをすることを励ましてやりたい気持ちになった。いいんだ。私が居ても体力が続かなかったはずだ。かえって考え方の違いにお互いが疲れてしまっただろう。妹には妹のやり方、ケアの仕方があるのだから、私は静かに見守って話を聞いてやることだってケアなんだ。
母が電話に出た。「楽しかったよ。モデルさんの衣装が変わっていて、みんなで衣装を決めたんだよ…」
母の講習会の話は延々続いた。久しぶりに筆を持って興奮しているのが分かる。疲れなかったの?と聞くと疲れたけど休む場所がないから9時から5時までずっと美術館のアトリエに居たという。疲れたら頑張らないで休むようにすることと食事は塩分や糖分に気をつけて外食は残すようにと話しただけで口うるさく言うのは止めた。何より絵がまた描けたことが母にとって大きな喜びだったのだろう。どんな絵になろうとどんなに上手くいかなくとも画家に復帰出来た満足感で十分なのだ。
電話を終えて、不思議と家族に対する否定的感情が抑えられているのに気づいた。薬を飲んだ後だったこともあるだろう。でも、それだけではない、私の中で家族に対する向き合い方が変わりつつあるのかもしれない。
「楽しかったよ…」まるで子供のように感想を話す母の声が耳に残っていた。それは苦痛ではなくむしろ私の心を明るくした。