弟からの手紙

長男として大切に育てられ両親の期待を背に遠方の商社に勤め自宅もそこに構えてしまった弟は、その距離からほとんど見舞いには訪れなかった。ただ、経済的に裕福な環境にあるため、親に多額の仕送りをしているという自負がある。
今回弟から手紙が来たのは、私が母の本当の病状を正確に伝える為に事務的に送ったものだ。今までの病気の経過、リハビリの様子、認知症の進行度合い、今後の退院計画など。ただ見舞いに来て介助も何も覚えないで返っていく兄弟に少しでも現状の深刻さを知ってもらいたかったからだ。
弟は、その深刻さに驚いたようだった。しかし、彼にとって仕事の方がウェイトが高いのだろう。そしてその方が両親にとっても経済的援助を受ける事ができて都合が良いだろう。親のために自分の人生を大きく変えることはしないほうが良い。それは私もそう思う。ただ、私は弟の「仕事があるからこそ両親を看れる」という考え方に小さな反発を覚えた。お金で父を甘やかしてはいけないと思う。そして汗を流す事から逃げてはいけないと思う。私だってお見舞いが無ければ、病気が無ければ、あなたがた兄弟と同じように仕事に没入し親の介護と言う事実から目を背ける時間が欲しいんだ。金じゃない、身体を動かして、親の顔を見て、触れて欲しい。その苦しさを味わって欲しい。お金が出せないから嫌な思いは私だけがすればいいのかと、卑屈な気分になって泣いた。
昨日、お見舞いの帰りの車の中で、「私だって毎日仕事がしたいのに…お見舞いがあるから…何で皆仕事に逃げるの?私ばかみたいじゃない…」と言ってついに父の前で泣いてしまった。涙がどんどん溢れて止まらなかった。薬は増えていく。仕事は介助を習得する為に出来ない。経済的には逼迫している。父は「お前もそんなに気を使わなくていいぞ。からだに気をつけろ」と言った。本心かどうか分からない。父は口だけの人だから。それでどんなに苦しんできたか分からないから。